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契約者を誰にするか

 契約書には、通常、末尾に当事者双方が記名押印する欄があります。ここは誰の名前にするべきでしょうか。

 

 個人で契約する場合は、本人の名前にすれば問題ありません。会社であっても、「契約書は全て代表者名で締結しています」ということであれば、特に問題にはなりません。

 しかし、ある程度規模の大きな会社で、多数の事業部門や支店があったり、管理部門も幾つかのセクションに分かれたりしており、それぞれに責任者がいる場合は、誰の名前で契約すべきか(誰が署名又は記名押印をすべきか)迷う場合もあります。

 実際、特定の事業部門や支店に関する契約書は、事業部長や支店長の名前で記名押印するケースが多いのではないでしょうか。

 これは、社内のルールでそうなっており、事業部長や支店長が管理する職印(○○部長の印などと刻まれている)も備えられているということでしょう。

 

 基本的に、会社の契約は代表取締役に締結する権限があります(会社法第349条第2項)。

 但し、代表取締役が全ての契約を締結しなければならないというものでもなく、その代理権を付与された者が契約すれば、その契約は会社を直接拘束することになります。

  この代理権の範囲について、商法は「支配人は、商人に代ってその営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。」と定めており(商法第21条)、更に、商法第24条においては、「商人の営業所の営業の主任者であることを示す名称を付した使用人は、当該営業所の営業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなす。」(表見支配人)と定めています。これと同趣旨の規定は、会社法第11条、第13条にもあります。

 従って、営業部長、支店長、店長が締結した契約も、その人が所管する営業の範囲では有効に成立することになります。

 

 また、会社法354条には、「株式会社は、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負う。」(表見代表取締役)とあるので、副社長や、専務、常務といった肩書の人が締結した契約も、相手方がその人に権限があると信じたことについて善意であれば、会社の契約として有効に成立することになります。

  

 ところで、契約書の前文などでは、通常、「○○○○株式会社(以下、「甲」という。)と、□□□□株式会社(以下、「乙」という。)とは、以下の通り契約する。」というように、誰と誰の契約なのか、契約の当事者を明示してあります。

 では、上記のように、ある支店の支店長が契約者となる場合、前文はどのように書くべきでしょうか。単に「○○○○株式会社」とすべきか、「○○○○株式会社△△支店」とすべきか、ということです。

 

 実務上、あまり意識されることはないと思いますし、どちらでも契約の効力に疑義をはさまれる心配はないと思いますが、念のため考えておきたいと思います。

 契約の当事者は、その契約によって発生する権利や義務を取得、負担するのだから、法律上、権利義務の主体になることができる者でなければなりません。これを「権利能力」といいます。これを持つ者には「自然人」と「法人」があり、会社は法人です(会社法第3条)。権利義務の主体となることのできる法律上の資格のことを法人格といいます。

 

 支店には、独立の法人格があるとは解されないので、正確を期すなら、契約の当事者は「○○○○株式会社」とすべきでしょう。

 登記された支店の場合はどうなるか、会社法等には明確な規定はありませんが、同様に解するべきだと思われます。

 

 契約は、あくまでも会社と会社の間で行われるが、契約締結者がその会社の支店長である場合は、支店長が代理権の範囲で、その支店の営業に関して契約したことになるので、契約の適用範囲はその会社の、その支店の営業という解釈になるでしょう。

 なお、この趣旨をより明確にするためには、「○○○○株式会社(以下、「甲」という。)と、□□□□株式会社(以下、「乙」という。)とは、甲の△△支店の営業に関し、以下の通り契約する。」のように、「△△支店の営業に関し」というような文言を入れ、契約範囲を限定しておけば、なお望ましいと思います。

 こうしておけば、甲の△△支店長の記名押印と整合性が取れます。